今日の中学2年生の授業から,国語が古典に入りました。と言っても,教科書にも軽くしか載っていないところなのですが。清少納言の『枕草子』です。, 古文は1年生のときに『竹取物語』を読んでいるので,半年+αぶりでしょうか。古文の基本・歴史的仮名遣いをみんな忘れていたので,今日はその復習をしました。ブログでも今日の授業の内容をまとめておきます。, - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * -, やむごとなし→やんごとなし  いかむ(行かむ)→いかん  しるらむ(知るらむ)→しるらん, 火をつけて(×→ひおつけて)  ちぢく(縮く)(×→ちじく)  名づける(×→なずける), こよひ(今宵)→こよい  あらそひ(争ひ)→あらそい  たがひに(互ひに)→たがいに, なほ→なお  ものぐるほしけれ(物狂ほしけれ)→ものぐるおしけれ  いほり(庵)→いおり, やう やう→よう よう  まうで来たる→もうできたる  弓のやうならば→ゆみのようならば, にんぐわつ(二月)→にんがつ  ぐわいぶん(外聞)→がいぶん  ぐわん(願)→がん, たまふ(給ふ)→たまう〔発音は「たもう」だが仮名遣いは「たまう」(←「ふ」を「う」に変えるだけ)〕, さぶらふ(侍ふ)→さぶらう〔発音は「さぶろう」だが仮名遣いは「さぶろう」(←「ふ」を「う」に変えるだけ)〕, →活用を考えても,「たもう」「さぶろう」では,終止形・連体形だけ語幹が他と違うことになってしまう!, 撥音・拗音の「つ」・「や」「ゆ」「よ」などは,小さい「っ」・「ゃ」「ゅ」「ょ」などに変える, ただし,教科書や問題集などでは,読みやすいように初めから小さく書かれてあるものもある, 歴史的仮名遣いは今日,日常の生活でもう使われていないので,上のまとめで“上級編”としたものには特に取っつきにくいところがあります。現に子供たちの解答を見てみても,機械的に現代仮名遣いに直せる“初級編”や“中級編”と比べて,“上級編”の正答率は格段に低いです。注意して理解しておきましょう。, 現代仮名遣いを授業すると,たいてい「だったら,『ゐ』や『づ』なんか初めからいらなかった」という意見や感想が返ってきます。確かに,現代仮名遣いでは「ゐ」や「ゑ」は全く使いませんし,50音表にかろうじて残っている「ぢ」や「づ」も使う機会は二語複合(「鼻血(はなぢ)」「三日月(みかづき)」など)や同音の連呼(「縮(ちぢ)む」「続(つづ)く」など)の場合だけで,基本的にはほとんどありません。以前触れたローマ字でも,これらはもう完全にないもの(「い」「え」「じ」「ず」の重出)として扱われています。, しかし,これらが堂々と使われていた時代では,きちんと使い分けられるだけの理由があったのです。それは,それぞれの発音の違いによるものです。ワ行がいい例です。現代では,ア行とワ行はア段(「あ」と「わ」)を除いて同じ発音です。違う文字である「お」と「を」も同じ「オ」と読まれます。ところが,当時はまだ/w/の音がしっかり発音されていたので,ワ行は「ワ・ウィ・ウ・ウェ・ウォ」と発せられていました。つまり,「い」と「ゐ(ウィ)」,「え」と「ゑ(ウェ)」,「お」と「を(ウォ)」は別の音を表していたのです。, 同じ文字でも,仮名は漢字と違って単独で意味を成すものではありません。例えば,「火」にはそれ自体にfireという意味がありますが,ひらがなの「ひ」はただの文字であり,それ自体に意味はありません。ただ「ヒ」の音を表すためだけの文字です。その点で,漢字のように意味を持つ文字を〈表語文字〉,仮名のように読みだけを表す文字を〈表音文字〉と呼びます。そのことからも,「い」と「ゐ」,「え」と「ゑ」,「お」と「を」は,それぞれが別々の字であると同時に,そもそも別々の音を表すものだったと判断できます。, ただし,この発音というものは少々厄介で,実は時代時代で少しずつ変わりながら現代まで受け継がれてきました。, 今ではないヤ行のイ段とエ段ですが,かつてはこの音も日本語にありました。『万葉集』が作られた奈良時代ではヤ行エ段を表す万葉仮名(漢字)が使われており,少なくとも当時はまだ日本語に/je(イェ)/という音があったことが分かります。これは「え」や「ゑ」とは別の音です。ひらがなやカタカナが作られた平安時代になると,使われる仮名は減っていき,47字になりました。『いろは歌』に出てくる47字です。このとき,ヤ行は既に「や」「ゆ」「よ」の3文字だけになっており,イ段とエ段は「い」「え」と同じ音になっていたと考えられます。現に,「ヤ・ユ・ヨ」と「ア・ウ・オ」は明らかに別の音ですが,「イィ」と「イ」,「イェ」と「エ」はそれほど大差なく聞こえます。year(/jíər/)とear(/íər/)が,日本人にはどちらも同じ「イヤー」に聞こえるのと同じです。実際,英語でも/j/の脱落は多々起こります。いずれにせよ,こうして,ヤ行のイ段・エ段から徐々に子音/j/が抜け落ちていきました。, また,サ行は今で言う「シ」の子音/ʃ/(記号:エッシュ)で発せられていたので,「さ・し・す・せ・そ」と書いて「シャ・シ・シュ・シェ・ショ」と読んでいました。他にも,タ行は全て/t/,ダ行は全て/d/で発せられていたので,それぞれ「タ・ティ・トゥ・テ・ト」「ダ・ディ・ドゥ・デ・ド」でしたし,ハ行は全て「ふ」の子音[ɸ](記号:フィー)で発せられていたので,「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」でした。そして,既述の通り,ワ行は「ワ・ウィ・ウ・ウェ・ウォ」という音だったのです。, 以降も発音の変化は少しずつ続きます。ワ行とハ行です。英語の発音の練習で,manは初心者でも比較的発音しやすいですが,womanは少々難しいようです。それは,/w/の音が日本語にないことに起因します。これを聞いて,「いやいや,/w/は日本語の「ワ」の音にあるだろう」と思う人もいるかもしれませんが,日本語の/w/は厳密に言えば唇を軽く丸める程度で発せられる子音[ɰ](記号:右足つき逆さのM)であり,タコの口をまねするように両唇をしっかりと丸める英語の(そして平安時代の)/w/とは微妙に違う音なのです。しかし,実際にやってみると分かるように,/w/を発するには口に力が必要です。両唇をきちんと丸めないと発せられないからです。これは,ハ行の[ɸ]にも似たようなことが言えます。[ɸ]はろうそくの火を消すように口を丸めて息を吹き出す音です。口に力がかかります。おそらくはそういう理由だったからだろうと推察されますが,「を(ウォ)」から/w/が,「ほ(フォ)」から[ɸ]が徐々に落ちていきます。それが完全に抜け落ちたことでア行と変わらなくなってしまい,「を」と「ほ」は「お」と混同されるようになりました。当然のように,この現象はイ段とエ段にも波及し,「い」「ひ」「ゐ」,「え」「へ」「ゑ」もまた,それぞれが混同されるようになったのです。最終的には,語頭以外の「は」や「ふ」も,「わ」や「う」(ワ段)と同じ音で読まれるようになったとされています。, 同様の推測で,「む」も「ん」と読まれるようになったのだと考えています。いちいち両唇と閉じなければならない/m/と違い,「ん」は口が開いていても発することができるので楽です。もっとも,その次に来る音素によっては「ん」の発音も多少の変化はありますが。いずれにせよ,/m/も/n/も同じ「ン」に聞こえる日本人の耳なので,「む」と「ん」の混同はある種自然なことだと思います。現代でも,特に音楽の世界において,楽曲(歌詞)中の「ん」は,それ自体が全音符やタイなどで長音となる際,しばしば「む」(もっと言えば/m/さえ脱落させた「う」)で代用されて発せられるなど,その現象が見られます。, このように,文字は同じでも,時代の時々でその発音は少しずつ変遷してきました。「ゐ」や「ゑ」が使われていたのも,当時はまだ日本語にも/w/の音があったからです。大切にしていきましょう。聞こえたままに書くという意味では,whiskeyも「ウィスキー」ではなく,あえて「ヰスキー」(「ヰ」は「ゐ」のカナカナ)と書き表すような場合もあります。もちろん,現代仮名遣いを守ったものではありませんが,「ヰスキー」の方がどこかかっこいいように思います。, ちなみに,日本語のハ行と同じくhでつづられる音(/h/)を落として発音させるのは,英語だとアメリカ人の砕けた会話中におけるhimやherなどの場合(またいつか詳しく解説します)や,中国語だと上海のなまりなどでも見られる現象です。他言語でも同様の現象が起きているとは,おもしろいですね。, 前述の通り,仮名は表音文字の一種です。すなわち,意味ではなく音を表すための文字です。, であるならば,「あ」は常に「ア」と読まれ,「い」はいつでも「イ」と読まれなければなりません。1つの文字に読み方が複数あっては,それはもはや表音文字として体を成していません。その逆で,1つの音に対してそれを表す仮名が複数あっても,それはそれで問題です。仮名が表音文字である以上,発音記号のように「1つの文字=1つの音」が“理想的”な状態です。その点で,「お」「ほ」「を」の混同は発音的に見れば納得ができても,表音的には大事件だったと言えます。, さて,この“理想”を欠いた混同問題ですが,意外にも戦後になってようやく解決されます。日本の長い歴史においては,つい最近と言ってもよいくらいです。もちろん,それまでも幾度となく論争はありましたが,表音表記を基本とする「現代かなづかい」(1946年)によって,一旦は収拾がつきました。しかも,これが現行の「現代仮名遣い」に改訂されたのも,自身生後の1986年(当時4歳)ですから,ますます驚きを隠せません。, 現代仮名遣いはつい最近できたものなので,当然のことながらそれ以前は今とは違う仮名遣いでした。今ではCMやパンフレットでもアルファベット表記のロゴがポピュラーなので,実際に目にすることはほとんどありませんが,昔からある企業を見ると,ニッカヰスキーは「ウィ」でなく「ヰ」,ブリヂストンは「ジ」でなく「ヂ」です。キヤノン,富士フイルムなどは拗音を大きいままで表しています。ロゴが「キューピー」となっているキユーピーも,企業名は大きい「ユ」です。歴史上の人物では,平塚らいてうがいます。もっとも,仮名遣いは固有名詞にまで影響を与えるものではないので,仮に今新しく起業するとして,企業名は歴史的仮名遣いであっても構いません。, 歴史的仮名遣いは古代日本語の発音に基準を合わせているものなので,現代語に基準を合わせた現代版の仮名遣いを定めようというものが,「現代かなづかい」であり「現代仮名遣い」です。, 小中高と同じ学校に通う仲良し3人組ナオ・ナホ・ナヲがいます。小学校ではそれぞれ,ナオ・ナホ・ナヲと呼ばれていましたが,中学校に入るとナホがナオと呼ばれるようになり,高校に入るとナヲもナオと呼ばれるようになります。結果,3人とも同じ名前(愛称)になってしまいました。だったらもう,いっそのことナオ以外の2人も,ナオに改名してしまおう。乱暴な例えではありますが,この“改名”が「現代かなづかい」「現代仮名遣い」ですが,多少呼ばれ方が変わっても命名通りに名前を書こうというのが「歴史的仮名遣い」の考え方です。実際に聞こえる通りに書き表すわけですから,現代仮名遣いは歴史的仮名遣いより自然で楽に感じます。, ところが,実際のところ,現代仮名遣いは完全な表音式表記というわけではありません。それは例えば,助詞「は(ワ)」「へ(エ)」「を(オ)」からも分かります。完全な表音式表記であれば,「僕は財布を交番へ届けた」は「僕わ財布お交番え届けた」でなければなりません。そうならなかったのは,それに対して少なくない抵抗があったからです。, これらの助詞は昔から「は」「へ」「を」と書かれていましたが,それは長い年月を経て「ワ」「エ」「オ」と読まれるようになりました。「現代かなづかい」時代になると,これらも聞こえる通りに「わ」「え」「お」と表記してよいことになりました。ところが,助詞は漢字で書くことがない(つまり必ず現代かなづかいのルールが適応される)上に,使用頻度もかなり高いので,「僕は財布を交番へ届けた」で育った人たちが「僕わ財布お交番え届けた」に強い違和感を覚え,抵抗を始めます。そういったこともあり,「は」「へ」「を」は従来通り「は」「へ」「を」でよいという妥協に達したのです。, 現代仮名遣いは,現代の国語を現代の発音に基づいて書き表すものです。あくまでも仮名の遣い方であって,必ずしも発音記号のように“1:1対応”をさせるものではありません。これもまた,発音の変遷同様,仮名が大昔からずっと使われてきたからこそだと言えるでしょう。, 小学生低学年が悩む仮名遣いに,「王様」は「おうさま」なのか「おおさま」なのか,「氷」は「こうり」なのか「こおり」なのかといった類のものがあります。大人でもときどき住所にフリガナを振るときなどに迷うことがあると思いますが,実はこれも歴史的仮名遣いと現代仮名遣いの観点から説明されます。, 現代仮名遣いでは,ア段・イ段・ウ段の長音は,そのまま「あ」「い」「う」で表すと定められています。「お母(カー)さん」は「おかあさん」,「椎茸(シータケ)」は「しいたけ」,「通(ツー)じる」は「つうじる」です。, オ段は少々複雑で,「お」ではなく「う」で表すのが原則です。つまり,「王様(オーサマ)」は「おおさま」ではなく「おうさま」が正しいということになります。これは,上の“上級編”でまとめた「アう→オう」の変換が当てはまるためです。「王(ワウ)」が「わう→(をう→)おう」になったと考えます。, 同じオ段でも,「氷」はもともと仮名で「こほり」でした。仮名レベルで見ると別物です。この場合,“中級編”の「ほ→お」が適用されるので,「氷」は「こうり」ではなく「こおり」が正解になります。同様に,「十(とお)」も歴史的仮名遣いでは「とを」だったので,“初級編”の「を→お」が当てはまります。だから,「とう」ではなく「とお」が正しい仮名遣いです。, ちなみに,エ段の長音は「い」とするのが原則です。「時計(トケー)」は「とけい」,「平成(ヘーセー)」は「へいせい」となります。ただし,「お姉さん(おねえさん)」のような例外も一部にはあるので,注意が必要です。, 中学校2年生は国文法で形容詞の活用について学習しますが,一部の形容詞にも歴史的仮名遣いの名残が見られるものがあります。, 形容詞は終止形(言い切りの形)が必ず「い」であり,未然形から順に「かろ|かっ・く・(う)|い|い|けれ|○」と活用します。このとき,連用形の「う」については一般に書かれていない活用表も多いですが,学校でも「(う)」があるとして指導する先生もおられるようです。これについては〈ウ音便〉ということで説明されています。, 「白い」で見てみましょう。活用させてみると,「白かろ-う」「白かっ-た」「白けれ-ば」のように,いずれも語幹(白)は「しろ」で読まれます。ウ音便の「白-う」も同じです。多くの形容詞は通則通りです。一方,「高い」の場合はどうでしょうか。活用させてみると,「高かろ-う」「高かっ-た」「高けれ-ば」のように,語幹(高)はきちんと「たか」と読まれます。ところが,ウ音便になると「高-う(ございます)」のように,語幹は「たこ」になってしまいます。これは,“上級編”の「アう→オう」のルールに基づいたものです。同様に,「ありがたい」も「ありがた-う(ございます)」ではなく「ありがと-う(ございます)」となります。普段意識はしていませんが,実はこれも歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに直した形なのです。なお,語幹が変わってしまうのは,語尾が「…アい」の形容詞(「幼い」「辛い」「長い」など)だけです。通常,語幹が変わる活用はありえませんが,これらの場合のみ特別に許容されています。, 今度は「苦しい」で見てみます。これを活用させてみると,「苦しかろ-う」「苦しかっ-た」「苦しけれ-ば」のように通常通りですが,ウ音便になると「苦し-う(ない)」ではなく「苦しゅ-う(ない)」となってしまいます。これもまた“上級編”の「イう→イゅう」のルールによるものです。このタイプの形容詞は,語尾が「…しい」(「美しい」「麗しい」など)のものだけで,ウ音便の連用形になっても語幹は変わりません。, いずれにせよ,ウ音便の連用形は,一部に例外的な変化をすることがあります。ウ音便自体が活用表に載っていないのも,こういったところによるものがあるかもしれません。, 形容詞のように活用ができる単語に,動詞があります。では,動詞も活用時に歴史的仮名遣いの名残を受けるものがあるのでしょうか。, このテーマで必ず話題に上るのが「言う」です。正式には「いう」ですが,実際には「ゆう」と発音している人も,特に若い世代では少なくありません。これも歴史的仮名遣いのルールに当てはめてみると,「イう→イゅう」が適用できそうなので,「いう→いゅう」とすることができます。ただし,「いゅう」では不自然なので「ゆう」となるのでしょう。と,この時点で既に“勝手な修正”を加えているわけですから,「言う」を「ゆう」と読ませる理屈は,歴史的仮名遣いからは見出せません。, 現に,「言う」を「ゆう」と読ませることは,現代仮名遣いではタブーとされています。と言うのも,“「言う」は「ゆう」ではなく「いう」とつづる”とはっきり書かれているのです。「ゆう」は完全に誤用というわけですね。実際に活用をさせてみると一目瞭然です。「言う」は五段活用の動詞ですから,活用語尾は未然形から順に「わ・お|い・っ|う|う|え|え」です。そして,それぞれ「言わ(ない)」「言お(う)」「言い(ます)」「言っ(た)」「言う(。)」「言う(とき)」「言え(ば)」「言え(!)」と見たときに,これらを「いわ(ない)」のように「い」で読むことは大変自然です。しかしながら,「ゆわ(ない)」のように「ゆ」で読むと違和感があります。実際,せいぜい終止形と連体形だけといったところでしょう。この点からも,「言う」を「ゆう」と読ませることは誤りであると証明できます。, ただし,近年は,それこそ“ほぼ表音式”の現代仮名遣いで育った世代がどんどん社会に出てきているので,「ゆわ(ない)」以下に抵抗を感じない人が増えている現状もあります。上で“特に若い世代”と言いましたが,言い換えればこの“現代仮名遣いで育った世代”です。現代語が他にも抱える問題の代表「ら抜き」や「い抜き」に違和感がないのもまた,主にこの世代だと言えるでしょう。これらの誤用は,確かに広く使われ,やや定着してきてはいますが,それでも誤用であることに変わりはありません。友達同士で使う分にはもちろん構いませんが,社会では控えましょう。(もっとも,「ゆう」に関しては,漢字でさえ書いてしまえば区別が付きませんが。), 歴史的仮名遣いからは離れてしまいますが,この「言う」の読みとセットでよく質問を受けるのが,「行く」です。これにも「いく」と「ゆく」の両方の読み方があります。, しかし,こちらは「言う」とまた別の話です。と言うのも,「いく」と「ゆく」は,どちらも昔から――それこそ古文の時代から――標準的に用いられてきたからです。古文の世界では,用例的には「ゆく」の方が多く,当時の辞書には「いく」の記載はありませんでした。このことから,かつては「ゆく」が正式であったのではないかという見方もできます。それが,時を経るにつれて「いく」も広く浸透していき,現代ではどちらも辞書に載っている正しい読みなのです。(個人的には,「ユ」の子音/j/が,それと割と発音の似ている/i/で発せられるようになり,語調を合わせるために本来の母音であった/u/の方が逆に削除されていったのではないかと推察しています。), ただし,「いく」は口語的で軽く砕けた,「ゆく」はやや文語的で固く改まった印象を与えます。正しい読みとは言え,用途に応じて使い分けた方がよさそうです(もっとも,これも漢字で書いてしまえば区別は付きませんが)。また,活用の観点から見ると,促音便の連用形「行った」に限り,「ゆった」は言うことができません。その点で,「いく」の方が「ゆく」よりも現代仮名遣いに近いと言えます。, さて,歴史的仮名遣い・現代仮名遣いの違いはありますが,どちらも大昔から伝わる日本語です。両者は全然違うようで,その歴史は現代仮名遣いにも脈々と受け継がれています。そして,それは少しずつ変化を見せながら今日までたどり着いたものです。, 今日の現代仮名遣いにおいては,「ゆう」「ら抜き」「い抜き」は誤用とされています。しかし,これらを日常で使う世代が今後増えていけば,それはもう日本語の中で市民権を得たも同然です。かつての「む」が「ん」に変わって行ったように,そしてそれが当時の正式な日本語であったように,これらの“誤用”も,リアルタイムで変化を続ける仮名遣いの一過程に過ぎないのかもしれません。今後数百年もすれば,その時代の日本人にとって“正しい用法”となっているかもしれませんね。. ‹L†‚Æ‚µ‚ÄŽg‚í‚ê‚é•Ð‰¼–¼‚́uƒEv‚͈ø‚«‰¹‚Å‚Í‚È‚¢‚±‚Æ‚É’ˆÓB—Ⴆ‚΁uƒRƒEvuƒVƒ‡ƒEv‚Æ”­‰¹‚³‚ê‚é‚ÆŽ¦‚³‚ꂽ‚à‚Ì‚Í–³ˆÓŽ¯‚ÉŒ»‘㉼–¼Œ­‚¢‚Ì“Ç‚Ý•ûi“]ŒÄj‚ɘf‚킳‚ê‚āuƒR[vuƒVƒ‡[v‚¾‚Ǝ󂯎æ‚菟‚¿‚¾‚ªA‚±‚ê‚ç‚Í‚ ‚­‚Ü‚Å‚àuƒREƒEvuƒVƒ‡EƒEv‚Ì”­‰¹‚ðŽ¦‚µ‚Ä‚¢‚éB“¯‚¶‚­uƒGƒCvuƒPƒCv‚È‚Ç‚Æ”­‰¹‚³‚ê‚é‚ÆŽ¦‚³‚ꂽ‚à‚̂́uƒCv‚ªˆø‚«‰¹‚Å‚Í‚È‚¢B. 古文, 古文文法, 歴史的仮名遣いとは、古文の中で用いられている仮名遣いで、主に平安時代の発音を表記したものである。 関連記事. 現代仮名遣い 練習プリント1・2. これに対して、現代の私たちが用いている仮名遣いを、現代仮名遣いという。, 歴史的仮名遣いの「くわ・ぐわ」は、現代仮名遣いでは、「か・が」と直す。 「現代仮名遣い」のポイント・練習問題です。高校入試では、ほぼ100%に近い確率で出題されるのが、歴史的仮名遣いを現代仮名遣いになおす問題です。いくつかのルールが存在しますので、しっかり覚えて、実際の問題の中で使いこなせるようになりましょう。