オバマ政権の対キューバ制裁緩和への方向転換により、米国系のホテルがキューバに投資したり、2016年からは米国とキューバ間で定期直行便が運行開始されるなど、米国との関係改善が具体化されていきました。ただ、貿易面ではまだまだ大きな制約があり、これらが完全に解除されれば海外からの投資や貿易が活発化することが期待できます。なにせ50年以上の鎖国状態のようなものですから、産業が育っておらず、インフラや工場設備の老朽化は著しく、自動車も1950年代のクラシックカーだらけという状況ですので、需要は膨大です。, これらの需要の取り込みを狙い商社の進出ラッシュがあったわけですが、2016年末に全く想定していなかった事態が起こります。米国の大統領選挙において、当初の予想を裏切りトランプ氏が新大統領に選ばれてしまったのです。トランプ氏は対キューバ強硬派でオバマ政権時代の対キューバ制裁緩和政策は失政であったと明言しており、早速2017年の6月に、対キューバ制裁強化を表明しました。実際に制裁が強化されるのはまだ数ヵ月先になるようですが、せっかく制裁緩和の流れになっていたのに、再び制裁強化に逆戻りとなり、なかなか思惑通りに事が進まず、皆頭を痛めているところだと思います。, キューバは15世紀末にコロンブスに発見され、その後スペインが植民地化した関係で、人種はスペイン系が5割、アフリカ系が1割、混血が4割といわれています。キューバの野球チームやバレーボールのチームを見てアフリカ系が多いというイメージを持っていた方も多いと思いますが、実はスペイン系が一番多いのです。 それと住居については、これも国から格安で借りることができます。しかも、光熱費もほとんどただ同然。それと教育費と医療費はかかりません。もちろんこれらの特権はキューバ国民限定です。 次は買い物です。やっとアパートも決まり日用品の調達にとスーパーマーケットに出向きましたが、品ぞろえが悪く、なかなか必要なもの、欲しいものがそろいません。商品の種類も少なく、スーパーの商品棚には、ひたすら同じ商品がずらりと並ぶか、置く商品がなくて空の商品棚も目立ちます。食器類や鍋やフライパンといった調理具をそろえるのに数ヵ月かかりました。ペットボトルの水ですら置いていないことも頻繁にあるので、ある程度買いだめしておく必要があります。 キューバ出身の野球選手で"亡命"してメジャーリーガーになった。 という話をテレビなどでも度々聞くことがありますが、 "なぜ亡命する必要があるのか?" という疑問が浮かぶ方も多いと思いますので、今回は 亡命とはどんなシステム? なぜ亡命をするのか? 亡命してメジャーリーグへ行くのは何故なのか、 どういうことなのかを説明しよう。 亡命とは、 政治的な宗教対立や迫害、 ちょっとネガティブな面を紹介してしまいましたが、良い点もいろいろあります。まず治安が非常に良いという点です。銃の所有、持ち込みは禁止されていることと、キューバ人の穏やかで明るい性格からか、強盗などの凶悪犯罪はほとんどなく、夜間、街を出歩いても全く問題ありません。ただし、外国人観光客を狙ったすりや置き引きの類いは増えつつあるようなので、この点は注意が必要です。, 次に、渋滞がほとんどなく、発展途上国にありがちな渋滞によるストレスは皆無という点です。キューバでは新車の輸入税が800%(中古車で1,500%)と異常に高く、個人や民間企業が車を実質的に輸入できない状況となっており、自動車の全体数が増えない状態になっているからです。では民間企業は車をどうしているのかというと、レンタカー公社から長期契約でレンタルしているのが一般的です。 食事については、国営のキューバ料理を中心としたレストラン以外に、パラダールと呼ばれる個人経営レストランが幾つもあり、イタリアンやスペイン料理、中華料理、韓国料理などいろいろな食事が楽しめます。 誌面PDFの記事内容は掲載当時のものです。. All Rights Reserved.掲載記事・写真の無断転載・複製禁止 この人数を正確に知ることができないのはそれを裏付ける統計が存在しないからである。一旦、亡命すると最低8年間は帰国できないことになっているが、永久に戻れなくなるというのが現実である。 キューバと聞いて皆さんはまず何を思い浮かべるでしょうか? 野球が強い、カストロ政権、キューバ危機、クラシックカー…。大半の日本人にとっては、名前は聞いたことはあっても、あまりなじみのない国だと思います。恥ずかしながら、私も2016年にキューバの首都ハバナに赴任するまではその程度の知識しかありませんでしたが、赴任してからはや1年が過ぎ、少しはキューバのことが分かってきたつもりです(まだまだ謎は多いですが)。わずか1年ちょっとの仕事や生活を通じて得た少しの経験と知識で僭越ではありますが、キューバという国をご紹介させていただければと思います。, キューバは米国のフロリダ半島のほんの南、約150kmという位置にある島国で、緯度はおよそ沖縄県の石垣島と同じくらいに位置していますが、年がら年中暑いというわけではありません。11月ぐらいから4月ぐらいまでは日中は30度近くまで上がりますが、夜は肌寒く日本の春のような感じで比較的過ごしやすいと思います。ただ5月ごろから10月ぐらいまでは、毎日日本でいうところの「猛暑日」をイメージしていただければよいのではないかと思います。この時期は雨期でもあり、午後に雷を伴った強い雨の降る日が多く、湿度も高めでムッとした暑い日が続きます。, キューバは1959年のキューバ革命以降、社会主義国として歩み続けています。それ以前は、米国資本による砂糖産業、鉱山開発、ホテルやカジノ等でにぎわっていましたが、その一方で、ほとんどのキューバ国民は貧困を強いられるという米国の半植民地状態でした。 まだいろいろと書き足りない部分はありますが、そろそろスペースもなくなってきたのでこのぐらいにしておきたいと思います。本稿をお読みいただいた皆さまが、少しでもキューバに興味を持っていただければ幸いです。, Copyright © 2003-2020, 一般社団法人 日本貿易会 (Japan Foreign Trade Council,Inc.). まず配給制度があります。米、小豆、砂糖、コーヒー、卵、食用油、鶏肉、ひき肉、パンなど毎月決まった量ですが超格安料金で購入することができます。配給所があちこちにあり、皆、長い列をつくって順番を待っています。政府の高官や、高名なお医者さん、弁護士もこの列に並んで配給を受け取るのです。



この足りない分を補ってくれるのが、米国に亡命したキューバ人からの送金といわれています。全米に約200万人の亡命キューバ人がおり、キューバの人口が約1,100万人ですから、家族または親戚が米国にいるという人がかなりの数を占め、この送金のおかげでなんとか暮らしていけるのです。

とはいえ皆が皆、米国に家族や親戚がいるわけではないので、そういう人たちはどうしているのかというと、知人のキューバ人によると、キューバでは近隣住民同士で助け合う慣習があり、お金に余裕がある人が家に食事に呼んであげたり、お裾分けをしたりして、皆なんとかやっていけているとのことでした。, キューバに来た当初は慣れないことだらけで苦労しました。まず苦労したのがアパート探しです。外国人は外国人専用のアパートにしか入居できません。この外国人専用アパートの数自体が非常に少なく、アパートを確保するのに3ヵ月要しました。

このキューバ革命のリーダーであるフィデル・カストロという人は独裁君主にありがちな私腹を肥やすようなことは一切せず、理想の社会主義国家造りに尽くしたことから、キューバ国内のキューバ人からは英雄としてあがめられています。2016年に90歳で亡くなりましたが、ハバナ市の革命広場で行われた国葬には何十万人もの市民が集まりフィデル・カストロの死を追悼しました。しかし、米国に亡命したキューバ人にとっては自分たちの資産を奪った憎き相手であり、亡命キューバ人の多いマイアミではお祭り騒ぎだったようです。, 2014年、当時のオバマ大統領がこれまでの対キューバ政策は間違いであったと認め、キューバの制裁緩和に動き出します。そして2014年5月に53年ぶりに国交を回復し、ハバナ市に米国大使館を設置します。そして、大統領権限の範囲で、キューバへの規制を緩和していきました。時を同じく、日本政府からは現役外務大臣としては初めて岸田外務大臣がキューバを訪問、無償資金協力の開始を表明します。この一連の動きを捉え大手商社が動き出します。2016年に三菱商事、三井物産、当社、2017年には豊田通商がハバナに事務所を開設するに至っています。以前より事務所を構えていた住友商事と双日を加え、キューバに拠点を持つ大手商社は現時点で6社となっています。

それを良しとしないフィデル・カストロやアルゼンチン人の革命家チェ・ゲバラなどが蜂起し、1959年にキューバ革命が起こります。キューバ革命政府は社会主義を宣言し、米国企業が持っていた資産やキューバ人富裕層の資産を国有化するとともに、誰もが教育、医療を無償で受けられ、貧富格差のない社会を目指しますが、これに不満なキューバ人は米国に亡命していきました。膨大な資産を接収された米国も当然激怒し、1961年には国交を断絶、さまざまな経済制裁によりキューバの孤立化・困窮化を図り、キューバの内部から体制を崩壊させようとします。しかし、フィデル・カストロはソビエト連邦(当時)や他の社会主義国等からの支援を勝ち取り、難局を乗り越えていきます。 亡命するケースが増えている。 キューバ人の野球選手が. 次にキューバ人の生活について。キューバは社会主義国ですので、ほとんど全ての企業が国営であり、学校、病院等ももちろん国営、すなわち働いているキューバ人のほとんどが公務員となります。キューバ人の公務員の平均給与は30ドル以下といわれています。物価が異常に安いのかというとそうでもなく、例えば清涼飲料水やペットボトルの水は0.5-1ドルぐらいしますし、ビールも1缶で1〜1.5ドルと他国と比べて安いか同レベルぐらいですが、それでも月収30ドルだと、毎日ビールを1本飲めばそれだけで給料の全てを使い果たすことになります。では、どうやって生活できるんだと不思議に思いますよね。



キューバ革命政府は社会主義を宣言し、米国企業が持っていた資産やキューバ人富裕層の資産を国有化するとともに、誰もが教育、医療を無償で受けられ、貧富格差のない社会を目指しますが、これに不満なキューバ人は米国に亡命していきました。 ただし、配給される量は十分ではなく、例えば1人当たり卵は1ヵ月に5個、米は4kg、鶏肉は500g、パンは1日1個と、これだけでは全然足りません。この他にも野菜や、洗剤、トイレットペーパー等の日用品も必要です。だからといって市場で買い物をするとあっという間に30ドルの給料などなくなってしまいます。 キューバ人がメジャーリーガーになるため.